はじめに:個人事業主・フリーランスが会社設立を考えるとき
多くの個人事業主やフリーランスの方々は、事業が成長するにつれて「このまま個人事業主を続けるべきか、それとも会社を設立すべきか」という重要な岐路に立ちます 1。結論から言えば、まずは個人事業主としてスタートし、事業が軌道に乗った段階で会社設立(法人化)を検討するのが一般的な定石とされています 1。なぜなら、会社設立には相応の手間と時間、そして費用がかかるためです 1。しかし、最初から会社設立が有利なケースも存在します。
近年では、税金や社会保険料の最適化を目的として、従業員を雇わず代表者一人で運営する「マイクロ法人」を設立する動きも見られます 2。本ガイドは、個人事業主・フリーランスの皆様が会社設立を検討する際に、そのメリット・デメリット、最適なタイミング、具体的な手続き、そして法人化後の注意点まで、網羅的かつ分かりやすく解説し、皆様が最適な意思決定を下せるよう支援することを目的としています。「起業」という言葉は、個人事業主としての開業も法人設立も含む広い概念ですが 3、ここでは特に個人事業主から法人へと移行する「法人成り」に焦点を当てていきます。
会社設立の判断は、単に税金の問題だけでなく、事業の規模、取引先との関係、資金調達の必要性、将来の展望など、多くの要素が絡み合う複雑なものです 4。本ガイドを通じて、ご自身の状況に照らし合わせながら、法人化がもたらす影響を多角的に理解し、最適な一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。
1. 会社設立か個人事業主継続か? 基本的な違いと比較
法人化を検討する上で、まず個人事業主と会社(法人)の基本的な違いを正確に理解することが不可欠です。
1-1. 法人化(法人成り)とは何か?
法人化(法人成り)とは、個人事業主として行ってきた事業を、新たに設立した会社(法人)に引き継ぐことを指します 5。具体的には、個人事業を廃業し、会社を設立して事業の主体を個人から法人へと変更する手続きです 4。これにより、事業主個人の所得として扱われていた事業収益が、法人の所得として扱われるようになり、適用される税金の種類や計算方法、会計処理のルールなどが大きく変わります 4。個人事業主が「形を変えて法人に成る」ことから「法人成り」と呼ばれます 5。これは、全くのゼロから会社を立ち上げる場合とは異なり、既存事業の移行という側面を持つ点が特徴です 6。
1-2. 【比較表】個人事業主と株式会社・合同会社の違い
会社設立にあたっては、主に「株式会社(KK)」と「合同会社(GK)」の二つの形態が選択肢となります 5。個人事業主とこれら法人形態の主な違いを下表にまとめます。法人化するということは、事業主個人とは別人格を持つ「法人」という主体を法的に作り出すことを意味します 4。
比較項目 | 個人事業主 (Sole Proprietor) | 株式会社 (Kabushiki Kaisha) | 合同会社 (Godo Kaisha) |
設立手続き | 税務署に開業届を提出するのみ。簡単・無料 1。登記不要 3。 | 法務局への法人登記が必要。定款作成・認証(公証役場)、会社実印準備など複雑 1。 | 法務局への法人登記が必要。定款作成(認証不要)、会社実印準備など株式会社よりは簡便 1。 |
設立費用(目安) | 0円 1。 | 定款認証料約5万円、登録免許税最低15万円、その他諸費用で合計約20万円~ + 資本金 1。電子定款なら印紙代4万円不要 2。 | 登録免許税最低6万円、その他諸費用で合計約6万円~ + 資本金 1。定款認証不要。電子定款なら印紙代4万円不要。 |
適用される主な税金 | 所得税(累進課税)、住民税、個人事業税、消費税 1。 | 法人税(比較的フラットな税率)、法人住民税、法人事業税、消費税など 1。中小法人は所得800万円まで軽減税率あり 4。 | 株式会社と同様 1。 |
社会的信用度 | 法人と比較すると低い傾向 1。大企業との取引や融資で不利な場合も 1。 | 高い 1。登記情報が公開され透明性がある 9。 | 株式会社よりは知名度が低い場合があるが、法人格としては同等。 |
経理・事務負担 | 比較的簡単。自身での確定申告も可能 1。青色申告で控除あり 3。 | 複雑な会計処理(法人決算)が必要。税理士への依頼が一般的 1。事務負担が増加 6。 | 株式会社と同様、個人事業主より複雑 1。 |
社会保険の加入義務 | 従業員5人未満なら原則、国民健康保険・国民年金に加入 1。 | 社長1人でも健康保険・厚生年金保険への加入義務あり 1。保険料は会社と役員で折半(役員報酬に基づく) 6。 | 株式会社と同様 1。 |
責任の範囲 | 無限責任(事業上の負債は個人の全財産で負う)。 | 有限責任(出資額の範囲内での責任) 10。 | 有限責任(出資額の範囲内での責任)。 |
資金の扱い | 事業資金と生活資金の区別が曖昧になりがち。利益は直接事業主のもの。 | 会社資金と個人資金は明確に区別。役員報酬として受け取る 6。 | 株式会社と同様。 |
決算期(事業年度) | 1月1日~12月31日で固定 3。 | 自由に設定可能 3。 | 自由に設定可能 3。 |
1-2-1. 設立手続きと費用
個人事業主の開業は、税務署に「開業届」を提出するだけで、費用もかかりません 1。法務局への登記も不要です 3。一方、会社設立は法務局への「法人登記」が必須であり、法的な手続きが必要です 1。株式会社(KK)の場合は、会社の基本規則である「定款」を作成し、公証役場で認証を受ける必要があります 1。合同会社(GK)は定款認証が不要なため、手続きがやや簡略化されます 5。設立費用も大きく異なり、個人事業主は無料ですが、法人は登録免許税や定款認証手数料(KKの場合)などで、合同会社でも最低約6万円、株式会社では最低約20万円~25万円程度の法定費用がかかります 1。これに加えて、事業運営に必要な資本金の準備も必要です 1。ただし、電子定款を利用すれば、株式会社・合同会社ともに印紙代4万円が不要となり、コストを抑えられます 2。
1-2-2. 税金の種類と税率
個人事業主には、所得に応じて税率が上がる累進課税の所得税が課されます 1。最高税率は45%に達します 4。その他、住民税、事業税(対象業種の場合)、消費税(課税売上高1,000万円超の場合)などが課されます 1。
一方、法人の主な税金は法人税です 1。法人税率は所得が多くなっても一定の割合(比例税率)が適用され、最高でも23.2%です 8。特に資本金1億円以下の中小法人の場合、所得金額800万円以下の部分については15%という軽減税率が適用されるため 4、所得が高くなるほど法人の方が税負担が軽くなる可能性があります。その他、法人住民税、法人事業税、消費税などが課されます 1。
1-2-3. 社会的信用度
一般的に、社会的信用度は個人事業主よりも法人の方が高いとされています 1。法人は設立時に法務局へ登記を行うため、会社名、所在地、役員、資本金などの情報が公開され、透明性が担保されます 9。このため、大企業の中には法人格を持つ相手としか取引しない方針の企業もあります 1。また、金融機関からの融資を受ける際も、法人の方が有利になる傾向があります 1。ただし、フリーランスの活用が多いIT業界などでは、個人事業主であることが必ずしもマイナスにならないケースもあります 1。
1-2-4. 経理・事務負担
個人事業主の確定申告は比較的シンプルで、会計ソフトなどを利用すれば自身で行うことも十分可能です 1。青色申告を選択すれば節税メリットがありますが、複式簿記による記帳が必要になります 3。
一方、法人は個人事業主よりも厳密な会計処理(法人決算)が求められ、手続きも複雑になります 1。株主総会の開催や議事録作成なども必要です。このため、多くの場合は税理士などの専門家に経理・税務申告を依頼する必要が出てきます 1。全体的に事務的な負担は増加する傾向にあります 6。
1-2-5. 社会保険の加入義務
個人事業主の場合、通常は国民健康保険と国民年金に加入します 1。従業員を5人以上雇用しない限り、厚生年金や協会けんぽ(健康保険)といった被用者保険への加入義務はありません 1。
しかし、法人を設立すると、たとえ社長一人の会社であっても、健康保険(協会けんぽ等)と厚生年金保険への加入が法律で義務付けられています 1。保険料は、役員(社長)に支払われる役員報酬の額に基づいて計算され、会社と役員個人がそれぞれ約半分ずつ負担します 6。これは法人を維持するための固定費として認識しておく必要があります。
1-3. 個人事業主のメリット・デメリット
メリット:
- 設立・廃業の手軽さ: 開業届の提出だけで簡単に始められ、費用もかかりません 1。廃業も比較的容易です。
- 経理・税務の簡便さ: 法人に比べて会計処理や確定申告がシンプルです 1。
- 運営の自由度: 働く時間や場所、仕事内容などを比較的自由に決められます 3。
- 利益の自由な活用: 事業で得た利益は、そのまま事業主個人のものとして使えます。
- 社会保険料負担の軽減(可能性): 国民健康保険・国民年金への加入となり、厚生年金・健康保険に比べて保険料負担が少ない場合があります(所得による)。
デメリット:
- 社会的信用の低さ: 法人と比較して信用度が低く見られがちで、大口取引や融資で不利になることがあります 1。
- 税負担の増加(高所得時): 所得が増えると累進課税により税率が急上昇します 4。
- 無限責任: 事業上の負債に対して、個人の全財産をもって返済する義務を負います。
- 経費計上の範囲: 法人に比べて経費として認められる範囲が狭い場合があります。
1-4. 会社設立のメリット・デメリット
メリット:
- 社会的信用の向上: 法人化により信用力が高まり、取引拡大や資金調達が有利になります 1。
- 税負担の軽減(可能性): 高所得の場合、所得税よりも法人税の方が税率が低くなる可能性があります 4。役員報酬を経費にでき 8、さらに給与所得控除も適用されるため、個人の所得税・住民税を抑えられます 6。
- 消費税の免税(最大2年間): 設立後、一定の条件下で最大2事業年度、消費税の納税義務が免除される可能性があります 7。
- 有限責任: 会社の負債に対して、出資者は原則として出資額の範囲内で責任を負うため、個人の財産は守られます 10。
- 経費計上の範囲拡大: 役員報酬のほか、退職金、社宅家賃の一部、生命保険料(条件あり)など、個人事業主よりも幅広い費用を経費として計上できる可能性があります 6。
- 決算期の自由設定: 繁忙期を避けるなど、都合の良い時期を決算期に設定できます 3。
- 事業承継・売却の円滑化: 株式譲渡などにより、事業の承継や売却が個人事業よりも行いやすくなります 6。
- 赤字の繰越期間: 青色申告法人の場合、発生した赤字(欠損金)を最大10年間繰り越して将来の黒字と相殺できます(個人事業主の青色申告は3年間) 6。
デメリット:
- 設立費用と手間: 設立時に法定費用や専門家への報酬など、数十万円単位のコストと複雑な手続きが必要です 1。
- 社会保険への強制加入: 社長1人でも厚生年金・健康保険への加入が義務付けられ、会社と個人双方に保険料負担が発生します 1。
- 経理・事務負担の増加: 複雑な会計処理や税務申告、社会保険手続き、株主総会の運営など、事務的な負担が大幅に増えます 1。税理士への依頼費用も考慮する必要があります 1。
- 赤字でも税金が発生: 利益が出ていなくても、法人住民税の均等割(最低でも年間約7万円程度)は支払う義務があります 2。
- 資金の自由度の低下: 会社の資金は個人のものとは区別され、自由に引き出すことはできません。生活費は役員報酬として計画的に受け取る必要があります 6。
- 役員報酬の変更制限: 役員報酬の額は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に決定し、期中は変更できません。変更すると経費として認められないリスクがあります 10。
結局のところ、個人事業主の「手軽さ・低コスト・柔軟性」と、法人の「信用力・高所得時の税効率・組織的な成長可能性」との間で、どちらが自身の現状と将来の目標にとってより重要かを比較検討することが、法人化判断の核心となります。株式会社(KK)と合同会社(GK)の選択においては、外部からの見え方(信用度、知名度)を重視するならKK 6、設立・運営コストの低さや内部的な自由度を重視するならGK 1、という視点も加味するとよいでしょう。
2. あなたはどのタイミング? 法人化を検討すべき具体的な基準
個人事業主から法人化(法人成り)する最適なタイミングは、個々の状況によって異なりますが、一般的に考慮すべきいくつかの重要な基準が存在します。
2-1. 所得・売上に基づく判断基準
2-1-1. 所得800万円の壁
多くの専門家が指摘する一つの目安が、個人事業主としての「課税所得」が年間800万円を超えるタイミングです 1。これは、日本の所得税が所得が増えるほど税率が高くなる累進課税制度を採用しているのに対し、法人税(特に中小法人向けの軽減税率)は比較的フラットな税率構造になっているためです 4。課税所得が800万円を超えると、所得税・住民税・事業税を合わせた実効税率が、法人税・法人住民税・法人事業税を合わせた実効税率を上回る可能性が高くなります。具体的には、所得税率は課税所得695万円超900万円以下で23%、900万円超1,800万円以下で33%と段階的に上昇しますが 10、中小法人の法人税率は所得800万円以下で15%です 4。もちろん、社会保険料の負担増なども考慮する必要がありますが、税負担の観点からは、この所得水準が法人化を検討する有力なトリガーとなります。
2-1-2. 売上1000万円と消費税
もう一つの重要な基準は、「課税売上高」が年間1,000万円を超えるタイミングです 1。原則として、基準期間(通常は2年前)の課税売上高が1,000万円を超えると、その年から消費税の納税義務者(課税事業者)となります 1。
ここで注目すべきは、法人化による消費税の納税義務の「リセット」効果です。新たに設立された法人は、設立1期目と2期目については、原則として消費税の納税義務が免除されます(ただし、資本金1,000万円未満であることや、特定期間の課税売上高または給与支払額が1,000万円以下であることなどの条件を満たす必要があります)7。個人事業主として課税売上高が1,000万円を超え、2年後に納税義務が発生する「前」のタイミングで法人化を行うことで、法人としての最初の2年間は消費税の納税が免除されるというメリットを享受できるのです 7。これは非常に大きな節税効果につながる可能性があるため、売上1,000万円が見えてきた段階で、消費税の納税義務が発生する時期を見据えた戦略的な法人化を検討することが重要です。単に納税義務が発生してから法人化するのでは、この免税メリットを最大限に活かせません。
2-2. 事業拡大と信用力向上の必要性
税金面だけでなく、事業戦略上の理由から法人化が適しているケースもあります。
- 取引先の要請: 大企業や官公庁など、取引相手によっては法人格を持つことを取引の条件としている場合があります 1。このような企業との取引を拡大したい場合には、法人化が不可欠となることがあります。
- 資金調達: 金融機関からの融資や、ベンチャーキャピタルなどからの出資を受けたい場合、一般的に法人の方が個人事業主よりも審査上有利とされています 1。事業拡大のためにまとまった資金が必要になるタイミングも、法人化を検討する契機となります。
- 人材採用: 法人の方が社会的信用度が高いと認識されるため、優秀な人材を採用する上でも有利に働く可能性があります 6。
- 許認可: 特定の事業を行うために、法人格であることが許認可の要件となっている場合もあります。
これらの要素は、所得や売上の基準とは別に、事業の成長段階や目指す方向性に応じて法人化の必要性を判断する材料となります。
2-3. 節税メリットを最大化したい場合
前述の所得税・法人税の税率差や消費税免除に加え、法人化には他にも節税につながる可能性があります。
- 経費計上範囲の拡大: 役員報酬を経費にできることは大きなメリットですが 8、その他にも、個人事業主では経費にしにくい生命保険料(一定の条件を満たすもの)や、自宅を社宅扱いにして家賃の一部を経費にする(社宅制度の導入)、出張時の日当を経費にする、退職金の支給(損金算入可)などが可能になります 6。交際費についても、資本金1億円以下の中小法人であれば、年間800万円まで(または接待飲食費の50%まで)損金算入が可能です 10。
- 所得分散: 家族を役員にして役員報酬を支払うことで、世帯全体での所得税負担を軽減できる場合があります(ただし、業務実態に見合った報酬額である必要があります)。
- 欠損金の繰越控除: 法人(青色申告)の場合、事業で赤字(欠損金)が出た場合に、その赤字を翌期以降10年間にわたって繰り越し、将来の黒字と相殺することができます 6。個人事業主(青色申告)の場合は繰越期間が3年間であるため、より長期的な視点での税務計画が可能になります。
これらの節税メリットを最大限に活用したいと考える場合も、法人化を検討する動機となり得ます。ただし、これらのメリットを享受するためには、適切な会計処理と税務申告が前提となります。
2-4. 【判断材料】法人化タイミングのチェックポイント
ご自身の状況が法人化を検討すべきタイミングにあるかどうか、以下のチェックポイントで確認してみましょう。
チェック項目 | はい / いいえ / 不明 | 考慮事項・メモ |
年間の課税所得が800万円に近づいている、または超えているか? 1 | 所得税率と法人税率の比較、社会保険料負担増を考慮。 | |
年間の課税売上高が1,000万円に近づいている、または超えているか? 1 | 消費税の納税義務発生時期(2年後)を確認。免税メリットを活かすための戦略的タイミング。 | |
来年または再来年に、個人事業主として消費税の納税義務が発生するか? 7 | 納税義務発生前に法人化すれば、最大2年間の免税期間を得られる可能性。 | |
主要な取引先や融資獲得のために、より高い社会的信用が必要か? 1 | BtoB取引中心か? 大規模な資金調達予定はあるか? | |
今後、事業規模を大幅に拡大する計画があるか? | 採用計画、設備投資計画など。 | |
法人化による節税メリット(経費範囲拡大、欠損金繰越など)を活用したいか? 6 | 役員報酬、社宅、退職金などの活用可能性。 | |
社会保険料負担増や、経理・事務負担の増加に対応できるか? 1 | 固定費の増加、税理士費用などを織り込んだ収支計画。 |
このチェックリストを通じて、ご自身の状況と法人化のトリガーとなる要素を照らし合わせることで、より具体的な検討を進めることができるでしょう。所得800万円の基準は主に所得税・法人税の最適化に関わり 4、売上1,000万円の基準は消費税の管理と免税メリットの活用に関わる 7 という、それぞれの基準が持つ意味合いの違いを理解することも重要です。どちらの基準がより切実かは、個々の収益構造によって異なります。
3. 会社設立のステップ:手続きの流れと注意点
法人化を決断した場合、次はその具体的な設立手続きを進めることになります。個人事業主の開業とは異なり、多くのステップと書類作成が必要です 4。
3-1. 会社形態の選択:株式会社 vs 合同会社
まず、設立する会社の形態を「株式会社(KK)」にするか「合同会社(GK)」にするかを選択します 5。
- 株式会社(KK): 株式を発行して資金を集める形態で、最も一般的な会社形態です。社会的信用度や知名度が高いとされ、外部からの資金調達(出資)や将来的な上場も視野に入れやすいです 6。ただし、設立時の定款認証が必要で、合同会社に比べて設立費用が高く、手続きも複雑になります 1。役員の任期があり、定期的な役員変更登記も必要です。
- 合同会社(GK): 2006年の会社法施行により導入された比較的新しい形態です。設立時の定款認証が不要で、登録免許税も株式会社より低いため、設立費用を抑えられます 1。内部の意思決定や利益配分なども比較的自由に設計できます。ただし、株式会社に比べると知名度が低く、大規模な資金調達には向かない場合があります。
どちらを選ぶかは、事業内容、将来の展望、外部からの見え方、設立・運営コストなどを総合的に勘案して決定します。一般的には、BtoB取引が中心で信用度を重視する場合や、将来的な事業拡大・資金調達を目指す場合は株式会社が、設立コストを抑えたい、内部的な自由度を重視したい場合は合同会社が選択される傾向があります 6。
3-2. 設立準備:基本事項の決定
会社形態を決めたら、登記申請に必要な会社の基本情報を具体的に決定していきます 5。
- 商号(会社名): 会社の名称です。同一住所に同一商号は登記できないなどのルールがあります。
- 本店所在地: 会社の住所です。自宅を所在地とすることも可能ですが、賃貸契約で事業利用や登記が禁止されていないか確認が必要です 3。また、自宅住所が公開されることによるプライバシーリスクも考慮し、バーチャルオフィスやレンタルオフィスの利用も検討しましょう 3。
- 事業目的: 会社が行う事業内容を具体的に記載します。許認可が必要な事業は、その要件を満たすように記載する必要があります。
- 資本金の額: 会社設立時に払い込む元手となる資金です。法律上は1円から設立可能ですが 7、事業運営に必要な運転資金や、対外的な信用力を考慮すると、ある程度の額(例えば100万円以上など)を用意するのが一般的です 7。設立直後の運転資金が不足しないよう、現実的な額を設定することが重要です。
- 発起人(株式会社の場合)/ 社員(合同会社の場合): 会社設立の手続きを行う人、出資者です。通常は事業主本人となります 7。
- 役員構成(取締役など): 会社の経営を行う役員を決定します。株式会社では最低1名の取締役が必要です。
- 決算日(事業年度): 会社の会計期間の末日です。自由に設定できますが 3、税理士などと相談し、繁忙期を避ける、消費税の免税期間を最大限活用できる日を選ぶなどの戦略的な視点も有効です。
- 役員報酬: 役員に支払う報酬額を決定します。設立後の早い段階で決定する必要があります 5。
これらの基本事項は、後述する定款に記載される重要な内容です。
3-3. 必要書類と定款作成
基本事項が決まったら、設立登記に必要な書類の準備と、会社の憲法ともいえる「定款(ていかん)」の作成を行います 5。
- 定款の作成: 決定した基本事項(商号、目的、所在地、資本金、発起人/社員、事業年度など)を盛り込み、会社の組織や運営に関する根本規則を定めた文書を作成します 5。法務局のウェブサイトや各種テンプレート(雛形)を参考に作成できますが 5、記載漏れや不備がないよう注意が必要です。
- 必要書類の準備:
- 発起人(または社員)全員の印鑑証明書(発行後3ヶ月以内のもの)2
- 役員に就任する人の印鑑証明書(取締役会非設置会社の場合は代表取締役のみ、設置会社の場合は取締役全員分など、形態による)6
- 会社の実印(法務局に登録する印鑑)の準備 1
- その他、設立形態に応じて就任承諾書、発起人の決定書など 6。
- 定款認証(株式会社の場合): 株式会社を設立する場合、作成した定款を公証役場に持ち込み、公証人による認証を受ける必要があります 5。この際、認証手数料(約5万円)と、紙の定款の場合は収入印紙代(4万円)がかかります。電子定款で作成・申請すれば、この印紙代4万円は不要になります 2。合同会社の場合は定款認証は不要です。
定款は会社の根幹をなす重要な書類であり、その作成には専門的な知識が求められることもあります。不安な場合は、行政書士や司法書士などの専門家に相談・依頼することも有効です。
3-4. 資本金の払込み
定款の作成(株式会社の場合は認証後)が終わったら、発起人(または社員)が定めた資本金の全額を払い込みます 5。
この時点ではまだ会社名義の銀行口座は開設できないため、通常は発起人個人の銀行口座に、各発起人が出資額を振り込む形で払い込みます 7。
払い込みが完了したら、その証明として、通帳のコピー(表紙、口座名義人ページ、該当の振込記録ページ)などをまとめた「払込証明書」を作成します 2。これは登記申請時の添付書類となります。
前述の通り、法律上の最低資本金は1円ですが 7、設立後の運転資金や取引先・金融機関からの信用度を考えると、事業計画に基づいた適切な額を設定することが極めて重要です 7。単に法律上の要件を満たすだけでなく、事業の現実的な必要性を考慮した資本金額を設定すべきです。
3-5. 登記申請手続き
定款、払込証明書、印鑑証明書、役員の就任承諾書など、必要な書類がすべて揃ったら、本店所在地を管轄する法務局に会社設立の登記申請を行います 4。
申請時には、登録免許税を納付する必要があります 6。登録免許税は、資本金の額によって変動しますが、株式会社の場合は最低15万円、合同会社の場合は最低6万円です 6。
登記申請書と添付書類を法務局に提出し、審査を経て登記が完了すれば、法的に会社が成立したことになります 4。登記申請日が会社の設立日となります。
3-6. 設立にかかる期間と費用概算
会社設立までにかかる期間は、書類準備から登記完了まで、スムーズに進めば株式会社で最短2~3週間、合同会社で最短2週間程度が目安です 5。株式会社の方が時間がかかるのは、定款認証の手続き(約1週間~10日程度)が必要なためです 5。ただし、基本事項の決定に時間がかかったり、書類に不備があったりすると、数ヶ月かかることもあります 5。
設立にかかる費用の概算は以下の通りです。
- 株式会社:
- 定款認証手数料:約5万円
- 定款印紙代:4万円(電子定款の場合は0円)2
- 登録免許税:資本金の額 × 0.7%(最低15万円)7
- その他(印鑑証明書取得費、会社実印作成費など)
- 合計:約20万円~25万円(電子定款利用)+ 資本金 1
- 合同会社:
- 定款認証手数料:0円
- 定款印紙代:4万円(電子定款の場合は0円)
- 登録免許税:資本金の額 × 0.7%(最低6万円)6
- その他(印鑑証明書取得費、会社実印作成費など)
- 合計:約6万円~10万円(電子定款利用)+ 資本金 1
これらはあくまで法定費用であり、専門家に設立手続きを依頼する場合は、別途報酬が発生します。
3-7. 【注意点】設立手続きでよくある間違い
会社設立手続きは複雑であり、以下のような点に注意が必要です。
- 定款の記載不備: 事業目的の記載が曖昧、必須記載事項の漏れなど。
- 書類の不備: 必要書類の不足、印鑑証明書の有効期限切れ、押印漏れなど。
- 資本金の払込み: 払込証明書の作成方法の間違い、振込名義人の誤りなど。
- 本店所在地: 賃貸物件の場合、契約で登記が許可されているかの確認漏れ 3。
- 時間的余裕の欠如: 手続きの複雑さや期間を甘く見積もり、希望設立日に間に合わない 6。
これらのミスを防ぎ、スムーズに設立手続きを進めるためには、事前の十分な情報収集と準備、あるいは設立代行サービスや専門家(司法書士、行政書士、税理士など)の活用を検討することが賢明です 6。設立手続きの複雑さそのものが、専門家サポートの利用を検討する大きな理由となります。
設立ステップと期間の概要
ステップ | 主な内容・アクション | 主な必要書類・アイテム | 推定期間 | 注意点・ヒント |
1. 基本事項の決定 5 | 商号、目的、所在地、資本金、役員、決算日などを決定 | – | 数日~数週間 | 将来の事業展開も見据えて慎重に決定。所在地の制約確認 3。 |
2. 会社実印の準備 5 | 法務局に登録する会社の実印を作成 | 会社実印 | 数日 | 銀行印、角印も併せて作成すると便利。 |
3. 定款の作成 5 | 決定した基本事項に基づき定款を作成 | 定款案、発起人/社員の印鑑証明書 2 | 数日~1週間 | テンプレート活用も可能だが、内容は要確認。電子定款なら印紙代不要 2。 |
4. 定款認証 (株式会社のみ) 5 | 公証役場で定款の認証を受ける | 定款3部、発起人全員の印鑑証明書、実印、認証手数料(約5万円)、(紙定款の場合)収入印紙4万円 2 | 約1週間~10日 | 公証人との事前調整が必要な場合も。 |
5. 資本金の払込み 5 | 発起人/社員が個人の銀行口座に資本金を払い込む | 振込記録のある通帳 | 1日 | 払込証明書を作成 2。設立後の運転資金を考慮した額を 7。 |
6. 登記書類の作成 6 | 法務局へ提出する登記申請書と添付書類一式を作成 | 登記申請書、定款、就任承諾書、印鑑証明書、払込証明書、印鑑届出書など 6 | 数日~1週間 | 設立形態により必要書類が異なる。 |
7. 登記申請 4 | 本店所在地管轄の法務局に登記申請書類を提出し、登録免許税を納付 | 作成した登記書類一式、登録免許税(収入印紙)6 | 申請後約1週間 | 申請日が会社設立日となる。不備があると補正指示あり。 |
4. 会社設立後の重要手続き
法務局での登記が完了し、会社が法的に誕生した後も、行わなければならない手続きが数多くあります。これらを怠ると、税制上の優遇措置を受けられなくなったり、罰則が科されたりする可能性もあるため、速やかに対応する必要があります。設立登記の完了はゴールではなく、新たな管理業務の始まりなのです。
4-1. 税務署・自治体への届出
会社設立後、定められた期限内に、以下の書類を関係各所に提出する必要があります。
- 法人設立届出書: 会社設立日から2ヶ月以内に、本店所在地を管轄する税務署、および都道府県税事務所、市区町村役場にそれぞれ提出します 5。会社の基本情報を届け出る最も重要な書類です。
- 青色申告の承認申請書: 設立1期目から青色申告の特典(欠損金の繰越控除など)を受けたい場合に提出します。設立日から3ヶ月を経過した日、または設立第1期の事業年度終了日のいずれか早い日の前日までに、税務署へ提出する必要があります 6。提出が遅れると、初年度は白色申告となります。
- 給与支払事務所等の開設届出書: 役員報酬や従業員給与を支払う場合に、事務所開設から1ヶ月以内に税務署へ提出します 6。
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書: 給与を支払う従業員が常時10人未満の場合、源泉所得税の納付を毎月から年2回(7月と1月)にまとめることができる特例を受けるための申請書です。提出期限は特にありませんが、適用を受けたい月の前月末までに提出します。
これらの届出は、期限管理が重要です。特に青色申告の申請は、期限を過ぎると初年度の適用が受けられなくなるため注意が必要です 6。
4-2. 社会保険・労働保険の手続き
法人は、たとえ社長一人であっても社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が義務付けられています 1。
- 健康保険・厚生年金保険新規適用届: 会社設立(登記)から原則5日以内に、本店所在地を管轄する年金事務所に提出します。役員や従業員の「被保険者資格取得届」も併せて提出します 5。
- 労働保険関係成立届: 従業員を一人でも雇用する場合(役員のみの場合は不要)、雇用日から10日以内に管轄の労働基準監督署に提出します。
- 労働保険概算保険料申告書: 上記届出と同時に、または提出後50日以内に労働基準監督署または金融機関に提出し、保険料を納付します。
- 雇用保険適用事業所設置届・雇用保険被保険者資格取得届: 従業員を雇用する場合、雇用日から10日以内に管轄のハローワーク(公共職業安定所)に提出します 5。
これらの社会保険・労働保険の手続きは、提出先が複数にわたり、期限も短いため、設立後速やかに行う必要があります。
4-3. 法人口座の開設
会社の事業活動に必要な資金管理や取引のために、会社名義の銀行口座(法人口座)を開設します 5。個人事業主時代の口座をそのまま使うことはできません。
口座開設には、通常、以下の書類が必要となります。
- 履歴事項全部証明書(登記簿謄本):法務局で取得 5
- 法人の印鑑証明書:法務局で取得 5
- 会社実印
- 銀行届出印
- 来店者の本人確認書類(運転免許証など)
- 会社の定款のコピー
- (場合によって)事業内容を確認できる資料(会社案内、ウェブサイトURLなど)
金融機関によって審査基準や必要書類、開設までの期間が異なります。近年では、店舗を持たないネット銀行も法人口座開設サービスを提供しており、手続きのスピードや手数料の安さでメリットがある場合もあります 1。複数の金融機関を比較検討するとよいでしょう。
4-4. 個人事業の廃業手続き
法人成りした場合、それまで行っていた個人事業については、正式に廃業の手続きを行う必要があります 4。これは、個人事業と法人事業を明確に区別し、税務上の混乱を避けるために重要です。
- 個人事業の開業・廃業等届出書(廃業届): 事業の廃止(通常は法人の設立登記日)から1ヶ月以内に、個人事業主の納税地を管轄する税務署に提出します 5。
- 事業廃止届出書: 消費税の課税事業者であった場合は、速やかに税務署へ提出します 6。
- 所得税の青色申告の取りやめ届出書: 青色申告を行っていた場合は、廃業する年の翌年3月15日までに税務署へ提出します 6。
- 給与支払事務所等の廃止届出書: 個人事業で給与を支払っていた場合に提出します。
- 都道府県・市町村への届出: 税務署への廃業届とは別に、都道府県税事務所や市区町村役場にも事業廃止に関する届出が必要な場合があります 7。
なお、そもそも開業届を提出せずにフリーランスとして活動していた場合は、税務署への廃業届は不要です 3。
4-5. 資産・負債の引継ぎ
個人事業主時代に使用していた事業用資産(PC、機材、車両、在庫など)や、抱えていた負債(借入金など)を、新設した法人に引き継ぐ手続きも必要です 5。主な引継ぎ方法としては、以下のものがあります。
- 売買: 個人事業主から法人へ、適正な時価で資産を売却します。個人には譲渡所得、法人には購入費用が計上されます 6。
- 現物出資: 資産を金銭の代わりに資本金として法人に出資します。手続きが複雑で、評価額によっては税理士や弁護士の証明が必要になる場合があります 6。
- 賃貸借: 個人が資産を所有したまま、法人に貸し付け(リース)ます。法人は賃借料を経費にできます 6。
負債についても、金融機関の承諾を得て法人名義に引き継ぐか、個人が返済を続けるかなどを決定します 6。
どの方法を選択するかによって税務上の取り扱いが異なるため、税理士に相談の上、適切な方法で資産・負債の移行を行い、契約書などの書類を整備しておくことが重要です。法人成りは単なる名称変更ではなく、法的主体間の明確な資産・負債の移転を伴う行為であり、その処理を曖昧にすると後々問題が生じる可能性があります。
5. 法人化の負担とリスク管理
法人化は多くのメリットをもたらす可能性がある一方で、個人事業主時代にはなかった負担やリスクも伴います。これらを事前に理解し、対策を講じることが安定した会社運営には不可欠です。
5-1. 増加する事務負担とその対策
法人化に伴い、経理・税務・労務などの事務負担は確実に増加します 1。
- 複雑な経理・決算: 複式簿記による厳密な記帳、法人税申告書の作成、株主総会の開催・議事録作成など、個人事業主の確定申告とは比較にならないほど複雑です 1。
- 各種届出・手続き: 税務署、自治体、年金事務所、労働基準監督署など、関係各所への定期的な届出や手続きが多数発生します。
- 給与計算・社会保険事務: 役員報酬や従業員給与の計算、源泉所得税の徴収・納付、社会保険料の計算・納付といった事務作業が発生します。
これらの負担を軽減するための対策としては、以下が考えられます。
- 会計ソフトの導入: freee 5、マネーフォワード クラウド 4、弥生会計 9 など、法人向けのクラウド会計ソフトを活用することで、記帳や決算書作成、給与計算などを効率化できます。
- 税理士との顧問契約: 複雑な税務申告や節税対策、経営相談などを専門家である税理士に依頼することで、正確性を担保し、経営に専念できます 1。多くの法人が税理士と契約しています。
- アウトソーシングの活用: 給与計算や社会保険手続きなどを、専門の代行業者に委託することも有効な手段です。
どの程度の業務を自社で行い、どこから専門家やサービスに頼るかを、コストと手間を考慮して判断することが重要です。
5-2. 社会保険料の負担
法人化による最も大きな固定費の増加要因の一つが、社会保険料(健康保険・厚生年金保険)です 1。前述の通り、社長一人であっても加入が義務付けられ、保険料は役員報酬(標準報酬月額)に基づいて決定されます 6。保険料の約半分は会社が負担し、残りの半分は役員個人の報酬から天引きされます。
これは、個人事業主が国民健康保険・国民年金に加入する場合と比較して、一般的に負担額が大きくなる傾向があります。特に役員報酬を高く設定すると、社会保険料負担もそれに比例して増加します。この社会保険料負担は、会社の利益に関わらず発生する固定費であり、資金繰りを計画する上で必ず考慮しなければならない重要な要素です。
ただし、個人事業主としての事業を継続しながら、別事業でマイクロ法人を設立する、いわゆる「二刀流」の場合、一定の条件下では個人事業主として国民健康保険・国民年金に加入し続け、マイクロ法人での社会保険加入を回避できる(または報酬を低く設定して負担を抑える)可能性があります 2。しかし、この手法は、個人事業と法人事業の内容が明確に異なることなどが求められ、意図的な所得分散とみなされるリスクもあるため、税理士など専門家への相談が不可欠です 2。
5-3. 赤字でも発生する税金(法人住民税均等割)
個人事業主の場合、所得が赤字であれば所得税や住民税(所得割)は課税されませんが、法人の場合は、たとえ事業が赤字であっても支払わなければならない税金があります 2。それが「法人住民税の均等割」です 2。
均等割は、法人がその地域に存在すること自体に対して課される税金であり、資本金の額や従業員数に応じて税額が決まります。最低でも年間約7万円程度(都道府県民税と市町村民税の合計)がかかります 6。これは、会社の利益とは無関係に発生する固定的なコストであり、特に設立間もない時期や業績が不安定な時期には、資金繰りを圧迫する要因となり得ます。個人事業主の感覚のままでいると見落としがちな、法人特有の負担です。
5-4. 役員報酬設定の注意点
役員報酬は、法人の利益を圧縮し、個人の所得を確保する上で重要な要素ですが、その設定には注意が必要です 5。
- 損金算入のルール: 役員報酬が法人税法上の経費(損金)として認められるためには、「定期同額給与」(毎月定額で支払われる)などの要件を満たす必要があります。
- 変更の制限: 最も重要な注意点として、役員報酬の額は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に決定し、その事業年度中は変更できません 10。期中に勝手に増減させると、その増減部分(場合によっては全額)が損金として認められず、法人税の負担が増える可能性があります。
- 適正額の設定: 報酬額を高く設定しすぎると、個人の所得税・住民税負担や社会保険料負担が増大します。逆に低すぎると、法人に利益が残りすぎて法人税負担が増えたり、個人の生活資金が不足したりする可能性があります。会社の利益計画、個人の税・社会保険料負担、生活費などを総合的に考慮し、税理士とも相談の上で、最適な報酬額を慎重に決定する必要があります。
これらの法人特有の負担やリスクは、個人事業主の自由度の高さとは対照的です。特に、利益に関わらず発生する固定費(社会保険料、均等割)の存在は、売上が不安定な場合に経営を圧迫する可能性があることを十分に認識しておく必要があります。
継続的なコスト比較(概算)
費用項目 | 個人事業主 (Sole Proprietor) | 法人 (Corporation) |
社会保険料(本人分) | 国民健康保険料・国民年金保険料(所得等により変動) | 健康保険料・厚生年金保険料(役員報酬額に基づく。会社負担分と個人負担分が発生)1。原則として国保・国年より高くなる傾向。 |
法人住民税(均等割) | なし | 最低でも年額約7万円程度(資本金・従業員数により変動)。赤字でも発生 2。 |
税理士報酬 | 任意。確定申告のみ依頼なら数万円~。顧問契約なら月数万円~。 | 顧問契約が一般的。月額数万円~ + 決算料。個人事業主より高くなる傾向 1。 |
会計ソフト利用料 | 年間1万円~数万円程度(利用ソフトによる)。 | 年間数万円~(利用ソフト・機能による)。法人向けはやや高め。 |
この表は、設立時の一時的な費用ではなく、法人として事業を継続していく上で発生する主なランニングコストを示しています。これらの固定的な負担増を許容できるかどうかが、法人化判断の重要なポイントとなります。
6. 継続的なサポート体制の構築:一般社団法人ファミリー法人会の活用
会社設立はゴールではなく、むしろスタート地点です。設立後も、日々の経理処理、税務申告、法改正への対応、資金繰り、経営戦略の立案など、様々な課題に直面します。特に一人社長や小規模な会社の場合、これらの業務をすべて経営者自身が抱え込むのは大きな負担となり得ます。
このような設立後の継続的な課題に対応し、安定した会社運営を目指す上で、一般社団法人ファミリー法人会のような支援団体の活用を検討することをお勧めします。
6-1. ファミリー法人会とは:法人を「分身」として活用する思想
ファミリー法人会は、個人が法人格を「分身」として戦略的に活用し、変化する社会の中で生活を守り、賢く生きていくことを支援する団体です 11。単なる会社設立手続きのサポートに留まらず、法人を通じて個人の生活防衛や将来設計をサポートするという独自の視点を持っています 11。特に、個人と法人の人格を使い分ける「分身社会」や、家族単位で法人を活用する「家族社会」といった、これからの社会を見据えた活動を展開しています 11。
6-2. ファミリー法人会が提供する具体的なサポート
ファミリー法人会は、会員に対して以下のような多岐にわたるサポートを提供しています 11。
- 法人設立サポート: 特に設立・運営コストを抑えやすい合同会社(GK)の設立手続きに関するサポートを提供します 11。法人化の第一歩をスムーズに踏み出すための支援が期待できます。
- 税務・社会保険に関する情報提供・相談: 法人運営において避けて通れない税金や社会保険に関する疑問や不安について、専門的な情報提供や相談対応を行います 11。複雑な制度を理解し、適切に対応するための助けとなります。
- 不動産に関する情報提供・相談: 法人名義での不動産活用など、不動産に関する情報提供や相談も行っています 11。
- 継続的な会員サポートと情報提供: 会員専用のサポート窓口や、定期的なニュースレターを通じて、法改正や経営に役立つ情報などを継続的に提供します 11。常に最新の情報を得て、適切な経営判断を下すための基盤となります。
- 特定のニーズへの対応: 若者の起業支援(若者社長プロジェクト)や、高齢者の相続・年金問題への対応など、特定のライフステージやニーズに合わせたサポートも展開しています 11。
6-3. ファミリー法人会を活用するメリット
ファミリー法人会の会員になることで、以下のようなメリットが考えられます。
- 設立から運営までの一貫したサポート: 会社設立の段階から、設立後の税務、社会保険、その他経営に関する様々な課題に対して、継続的なサポートを受けることができます 11。
- 専門知識へのアクセス: 複雑な法人運営に関する専門的な知識や情報を、会員サービスを通じて効率的に得ることができます 11。
- 「法人活用」という視点の獲得: 単なる事業運営のためだけでなく、個人の生活防衛や資産形成といった観点から法人を戦略的に活用するための知識やノウハウを学ぶことができます 11。
- コミュニティとの繋がり(可能性): 同じような目的を持つ会員との交流を通じて、情報交換や相互扶助(「結い社会」の理念)の機会が得られる可能性があります 11。
会社設立後の運営は、予想以上に複雑で多岐にわたる知識と対応が求められます。設立手続きを終えた後、どのようにして会社を適切に管理し、発展させていくかという課題に直面した際に、ファミリー法人会のような団体は心強い味方となり得ます。法人化を検討する際には、設立手続きだけでなく、その後の継続的なサポート体制として、ファミリー法人会の会員制度について詳細を確認し、活用を検討することをお勧めします。
おわりに:法人化はゴールではなくスタート
本ガイドでは、個人事業主・フリーランスの皆様が会社設立(法人成り)を検討する際に考慮すべき、基本的な違い、メリット・デメリット、最適なタイミング、具体的な手続き、そして設立後の負担やリスクについて解説してきました。
重要なのは、法人化が最終目的ではなく、あくまで事業を成長させ、より良い形で継続していくための「手段」の一つであるという視点です 1。個人事業主と法人、それぞれに利点と欠点があり、どちらが絶対的に優れているというものではありません。ご自身の事業規模、収益状況、取引先、将来の展望、そして何よりも、ご自身がどのような働き方、経営スタイルを目指すのかによって、最適な選択は異なります。
所得800万円、売上1,000万円といった数値基準は有力な判断材料ですが 1、それだけで決断するのではなく、社会的信用度の必要性、資金調達の計画、事務負担や社会保険料負担への対応能力なども含めて、総合的に判断することが求められます。
会社設立の手続きは複雑で、設立後も様々な義務や管理業務が発生します 1。これらのプロセスを円滑に進め、設立後の安定した経営を実現するためには、第6章で提案したような継続的なサポート体制を検討することが有効です。
法人化は、事業にとって大きな転換点です。本ガイドが、皆様にとって最良の選択をするための一助となり、新たなステージへの力強い一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。最終的な決断は、ご自身の状況と目標を深く見つめ直した上で行ってください。
引用文献
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- マイクロ法人とは?作り方やメリット・デメリットなどわかりやすく解説 | 経営者から担当者にまで役立つバックオフィス基礎知識 | クラウド会計ソフト freee, 5月 5, 2025にアクセス、 https://www.freee.co.jp/kb/kb-launch/micro-corporation/
- 個人事業主と起業の違いは?メリットや手続き、税金の違いも解説 | 会社設立の基礎知識, 5月 5, 2025にアクセス、 https://koyano-cpa.gr.jp/nobiyo-kaikei/column/3647/
- フリーランス(個人事業主)が法人化する方法やメリット …, 5月 5, 2025にアクセス、 https://biz.moneyforward.com/establish/basic/49427/
- 個人事業主からの法人化とは?必要な手続きや流れなどをわかり …, 5月 5, 2025にアクセス、 https://www.freee.co.jp/kb/kb-launch/incorporation-flow/
- 【フリーランス・個人事業主の方へ】いつか検討する際に役立つ …, 5月 5, 2025にアクセス、 https://www.ht-tax.or.jp/kigyou-guide/incorporation
- フリーランス・個人事業主が法人化する損益分岐点とメリット・デメリット、タイミング解説!, 5月 5, 2025にアクセス、 https://www.llp-llc.jp/article/contents/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E5%80%8B%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E4%B8%BB%E3%81%8C%E6%B3%95%E4%BA%BA%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E6%90%8D%E7%9B%8A%E5%88%86%E5%B2%90/
- フリーランスが法人化するメリット・デメリット、適切なタイミング, 5月 5, 2025にアクセス、 https://www.ht-tax.or.jp/kigyou-guide/freelance
- 起業とは?法人と個人事業主、フリーランスとの違いも解説 – 弥生, 5月 5, 2025にアクセス、 https://www.yayoi-kk.co.jp/kigyo/oyakudachi/kigyo-style-02/
- フリーランスエンジニアが法人化するタイミング|メリット・注意点とあわせて解説, 5月 5, 2025にアクセス、 https://bring-consulting.co.jp/freelance-engineer-incorporation/
一般社団法人ファミリー法人会 – Just another WordPress site, 5月 5, 2025にアクセス、 https://family-houjin.or.jp/
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